BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-をDRM2015的観点から考察してみた

boruto

最近、「NARUTO(ナルト)展」と「BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-」を続けて観に行ってきました。

その中でちょっとDRM2015的視点で見た時に、ものすごく勉強になったことがあったので、シェアします。

まず、「BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-」について。
※結構ネタバレ的なところがあるので、内容を知りたくない人はお気をつけ下さい。

ということで、ここからは「BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-」の内容に触れながら、DRM2015的!?な視点を交えて解説したいと思います。

まず、背景として、忍者が必要とされた時代から、どんどんと科学が発達し、忍者も自らに厳しく修行するというスタイルから、小さな努力で大きな成果を求める方向へと進みかけている時代になっていました。

ここらへんは、まさに昭和の時代から平成の時代への流れと同じような時代背景ですね。

そんな中で、科学忍具班の「カタスケ」は、自らが創りだした、だれでも巨大な忍術を発動できる道具である「小手」を忍者の世界に広め、里の資金源としようと、中忍試験での使用を火影であるNARUTO(ナルト)に訴えますが、

中忍試験は自らの力を試す場で、パフォーマンスをする場ではない」とはっきり断られたことで、BORUTO(ボルト)をうまく利用して、「小手」を他国に売り込もうと考えます。

インターネットの世界では、ノウハウとツールを上手く使えれば、そこそこ稼ぐことができますが、まさに、そのツールと「小手」とがダブっています。

ネットビジネスの世界に当てはめると「素人が簡単に稼げる方法」とかいうのがまさに「小手」です。

この後、BORUTO(ボルト)はその「小手」の誘惑に負けてしまうのですが、BORUTO(ボルト)にかぎらず、だれでもそんな道具があれば、手にしたくなりますよね。

私の場合、自国の利益を考えて、便利な道具をアピールしたいという「カタスケ」の考え方も十分理解することができます。
誰もが自分が良いと思ったことをしているわけで、あの「ダンゾウ」も木の葉を守るためという考えで行動していたわけですから。

中忍試験には参加する気はなかったBORUTO(ボルト)も、中忍試験では火影であるNARUTO(ナルト)も観戦することを知り、NARUTO(ナルト)に自分の力を見てもらえるということで参加を決心し、サラダ、イツキと3人で中忍試験を受けることになります。

そんな時にサスケが「モモシキ」と「キンシキ」の情報を伝えるべくNARUTO(ナルト)の家に現れ、その姿を見たBORUTO(ボルト)はそのかっこよさに一目惚れ!?、サスケに弟子入りを志願しますが、螺旋丸もできないようでは弟子にでいないと断られてしまいます。

この後すぐにBORUTO(ボルト)は、木の葉丸に螺旋丸を教えてもらい、努力の大切さを少し理解します。

しかしながら、あまりに小さい螺旋丸しか作ることができず、サスケに弟子入りを断られたと思ったところに、カタスケがBORUTO(ボルト)を誘惑し、「小手」をBORUTO(ボルト)に与えるんですね。

自らの力がないBORUTO(ボルト)にとっては、何の努力も必要なく、巨大な忍術を発動できる「小手」は魅力的で、カタスケの誘惑に負けて「小手」を手にします。

その「小手」を使って螺旋丸を見せたBORUTO(ボルト)ですが、サスケはすべてを理解した上で弟子入りを許可し、BORUTO(ボルト)に努力を積み上げることの大切さを教えていきますが、与えられすぎているBORUTO(ボルト)はなかなかそのことを理解できないんですね。

この辺りの流れは、まさに、ネットビジネス初心者が、楽に稼げる方法を求めてノウハウやツールを購入し、努力をするけども途中で嫌になってしまうという一連の流れと重なるところがあります。

サスケの立場と同じ人をイメージするのなら、本当に弟子に稼いでもらいたいと考える師匠的な存在でしょうか。
そんな師匠なら、まず、自らの努力が必要であることも教えてくれるはずです。

しかし、楽に稼ぎたいと考える未熟な人はその努力を乗り越えずに楽な方向へ行こうとするんですよね。
まさに、BORUTO(ボルト)がその未熟な人と重なって見えました。

師匠が伝えたいことも、弟子にはなかなか伝わらないし、弟子が自分で理解しないと何も変えることができないんですね。
DRM2015でも、相手が理解できるのは、ほんの1%ということを言っていました。

中忍試験が始まり、自分の未熟さを感じるBORUTO(ボルト)。
しかしその一方で、「小手」を使って勝ち残ることで、自分が認められたかのような錯覚に陥ってしまいます。
で、いよいよNARUTO(ナルト)が見守る準決勝でのシカダイとの対戦で、「小手」を使ったことがNARUTO(ナルト)にバレて、親子の絆も、周りからの信頼もすべてなくしたその時に、「キンシキ」「モモシキ」が現れ、一気にそれどころじゃない戦闘シーンへ。

モモシキ」「キンシキ」がここで現れていなかったら、親子関係も周りとの人間関係もボロボロのままでしたね。。。
ここで巨大な敵が現れることで、一気にストーリーが進みます。

この辺をビジネス的観点から考えるのであれば、うまくいったツールがまったく使えなくなって自分の価値が露呈してしまった時に、それどころじゃないGoogleのスマホSEO最適化アップデートがきてしまったって感じですかね(笑)

で、NARUTO(ナルト)が里を守るために連れ去られてしまって、その父の偉大さと自分の愚かさに気づいたBORUTO(ボルト)。
そこへサスケがBORUTO(ボルト)にこれからどうするのか決断を求め、NARUTO(ナルト)を助けるために一緒に「モモシキ」「キンシキ」の元へ戦いに行くことになります。
それには、五影も一緒に行くのですが、五影、サスケ、BORUTO(ボルト)が移動した後に、2人の怪しい影が時空間に入ります。

異次元の世界では、チャクラを奪われているNARUTO(ナルト)を五影達が助け、激しい戦いが繰り広げられます。

チャクラを吸い取るという能力がわかっている以上、五影とサスケたちは磨かれた体術のみを使って「モモシキ」「キンシキ」を追い詰めますが、「キンシキ」が自らを犠牲にして、「モモシキ」にパワーを与えます。

この辺りは、道具に頼るだけでなく、自らの価値を高める努力をする大切さを理解するということ、同じ価値観を共有することのできる仲間の大切さが描かれています。

ツールはあくまでツールであり、自らの価値を高め、同じように価値を高めている仲間を見つけろってことですね。

モモシキ」はある意味、欲望の権化であり、どんなものでも利用して、自分だけが良ければいいという、クソ起業家として捉えることができます。

NARUTO(ナルト)とサスケのコンビの力で、そんな欲望の権化である「モモシキ」を瀕死の状態に追い込みます。
しかしここで、先ほどわからなかった2人の怪しい影が登場します。
それが、カタスケとビデオ役?で、「小手」をつかって「モモシキ」を攻撃しますが、そのチャクラを吸い取られ「モモシキ」を復活させてしまいます。

復活した「モモシキ」に圧倒される五影達。
その「モモシキ」に、BORUTO(ボルト)が小さな螺旋丸で攻撃しますが、途中で消えてしまいます。

っが、その時、消えたと思った螺旋丸が「モモシキ」に命中し、形勢が一気に逆転、BORUTO(ボルト)が練った螺旋丸にNARUTO(ナルト)のチャクラを加え、サスケがサポートして、「モモシキ」を超大玉螺旋丸で粉砕!

最後には、里をすくったヒーローとしてBORUTO(ボルト)が信頼を回復するというストーリーでした。

ちょっとしたことが大きな影響を与えることや、未熟な一人の力では難しいことも、先人の智恵を借りながら、仲間と協力して取り組むことで大きなことが成し遂げられるということが描かれています。

BORUTO(ボルト)はこの映画の中で、人生の全てといえることを学んでいます。
BORUTO(ボルト)と同じように、この映画をビジネス的視線で見ることで、ビジネスの基本的なことを学ぶことができます。

自らの価値を高めること、道具はあくまで道具であること、言いたいことの99%は伝わらないこと、相手を変えるのではなく、相手のことを信じて見守ることなど、ビジネスにとって非常に大切なことばかりです。

今回は、DRM2015的視点から「BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-」を分析してみましたが、家庭環境に置き換えても同じように学ぶことができます。

改めて、「BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-」をビジネス的DRM2015的視点から見たポイントをまとめると、

  • 努力なくして力を得ることは一時しのぎのことでしか無い
  • 自ら気付いて現状を認識し、自らの価値を高める
  • 本当の仲間の大切さ

という3つのポイントを学ぶことができます。
他にもいろいろと細かい部分で5つにも7つのポイントにはなりますが、それ以上のことを学ぶことができる超おすすめの映画でした。

ぜひ、映画館で、「BORUTO ボルト -NARUTO THE MOVIE-」そのものを楽しむと同時に、いろんな観点から意識して見ると100倍楽しめる映画であることは間違いありません!

超おすすめですよ!

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